『君の名は。』ではなく、『planetarian 星の人』を観に行きました。 ※もちろん君縄も観に行く予定だけれど、記事にするのは控えようかと思っている。だって、炎髪の社長が、それはもういい感じのエントリーを認めているのだから……。

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 (来場者特典の”録りおろし ほしのゆめみスペシャルボイス付きポストカード”)

※このポストカードは第1週(9/3~)の特典で、いま現在は”キャラクター原案 駒都えーじ描きおろしミニサイン色紙です。ちなみに第3週(9/17~)の特典は、劇中の様々な場面を切り取った”生コマフィルム”!! ほ、欲しい……。でも、お高いんでしょう?おひとり様1800円です! ふ、ふつう~! わーい!(了)

 
――私は涙を流せません。ロボットですから

 もう、このキャッチコピーだけで「あかん、これ泣くやつ」必至のアニメ作品。もう10年以上も前になるというのも驚きですが、”泣ける”名作を世に送り続けている【Key】の珠玉のゲームが原作。※本編をプレイしていなくてもじゅうぶんに楽しめる作品ですよ。

 細菌兵器の影響で最も危険な場所として指定される封印都市に迷い込んだ屑屋(※廃品回収者みたいな人)を生業とする男が出会ったのは、少し壊れたロボット ほしのゆめみ。「ロボットに出会っても無視しろ。」という忠告を受けてはいたのですが、男はこれでもかと話しかけてくるゆめみちゃんの存在を背負いこむようになっていきます(※物語シリーズでおなじみ阿良々木くんの言葉を借りれば、人間強度が下がる瞬間でもあります。でも、そこが、人の業でしょうか。あ、『傷物語 熱血篇』も上映中ですよ!)。
 「ロボットに出会っても無視しろ」という言葉は、なぜでしょうか。人を襲うからでしょうか。人ではないからでしょうか。涙を流せないからでしょうか。ぼくはいま「テイルズオブベルセリア」というゲームをプレイして人生を学んでいる最中なのですが、作中にこのような言葉が話されます。「モノに石をぶつければ壊れるが、キモチをぶつけるとイキモノになるんじゃ。モノとイキモノ、どっちが面倒かのぉ」(※再現性78%) 次元が、世界が違うだけでぼくたちが直面する問題や感情というのはいつだって同じなのかもしれません。ここでひとつのアンサーを導くのはやめておきましょう。モノとイキモノ、どっちが面倒だと思いますか。そして、それは本当にただ面倒なだけなのでしょうか。

 
 さてさて。ゆめみちゃんはかつて、それはまだ都市が封印される前、とあるプラネタリウムの解説員のロボットとして従事しておりました。世界大戦が勃発し、都市が封鎖されることになったとき、人間はゆめみちゃんに「ちょっと旅行に行ってくるぞい」と嘘をつき、ゆめみちゃんを置いていきます。ゆめみちゃんは待ちました。30年間待ちました。時々考えました。「人間の皆さまは帰ってくるのでしょうか」、と。そして、いつも同じ結論に至るのでした――。※続きは劇場で!

 ぼくはいま涙を滂沱として流しながらこのエントリーを書いています。『planetarian 星の人』は登場人物がひじょうに少ないので、男とゆめみちゃんのおびただしい量の会話で先に先にと進行していきます。なかにはそれを冗長に感じて眠くなるという人もいるようですが、それこそ、この作品の異様さと言っていいでしょう。※風景や作画は『君の名は。』に断然劣るので、そういう意味では、『君の名は。』のほうがよりアニメ映画と言えるのですが。
 そういえば、男も作中、ゆめみちゃんの解説後に眠ってしまうのです。ぼくたちは映画館という暗い世界に居て、物語を聴いています。ふむ、ぼくの知人は前にこんなことを言っていました。「プラネタリウムって夢みたいな空間にいるからさ、居心地よくて眠ってしまう」 余談ですが、知人は小さい我が子を連れていき、子どもはきらきらした星に負けない輝きをその瞳から放っていたようです。 もしかしたら、この映画は、プラネタリウムで、たくさんの涙を流すぼくたちが星々で、それは、あたかも、一人ひとりが、かけがえのない人間であるかのように物語っているとさえ思えるのです。※たぶん考えすぎぃ!


 上映後、隣のスクリーンでは、『君の名は。』が上映されていました。奇しくも終わる時刻が同じで、ぞろぞろと人が出てきます。隣のスクリーンからはたくさんの若い男女が出てきました。一方で、ぼくが出た場所からは、なんと、男ばかりだったのです。それも独身おっさんとか、連れがいてもオタク仲間っぽいとか。でも、みんな泣いているのです。若い男女はそれを見て気味悪がったかもしれません。ばかやろう! 観てくれ! 話はそれからだ! たまにしか映画館にしか行かない人にとっても、そりゃ『君の名は。』 を劇場で観れば、話題の種にもなり得るし、仲間はずれにもならないでしょうし、それはある種の社会的に容認された熱狂さにも似ていることでしょうし、お祭り感覚で行けば、イベントとして、少し特別な日として成功でしょう。もちろんそれはとても良いことです。誰かと話題を分かち合うのは、共有することは生きていく上で大切なことだとぼくも思います。でも、隣のゲートから出てくる涙を流しまくる男たちのことを少しでも気にかかったなら、ぼくは、ぜひ、あなたに、この物語に触れてほしいと願います。※『planetarian 星の人』もカップルで観に行ける作品なのですから。