今期の『NEW GAME!』を観れば制作の現場の大変さというのがじゅうぶんにわかるものなのだが、よりアニメの今を知るなら『SHIROBAKO』を観たほうがいいのかもしれない。制作現場、そこにはそこはかとなく納期という魔物がひっ迫してくるのである。或いは悪夢のような危険(リスク)が、自分だけが視えてんのかと震えている。研修先のAAGがどうかは知らないけれど、コンスタントに広報の羽那さんが自撮りツイートをしているあたり、余裕なのだと思う。かわいいよね、羽那さん。いちど会いたいものだよ。

 レガリア問題を受けてTwitterでとあるアニメクリエイターの方が「これを機にアニメを月1放送にして欲しい。毎週アニメが放送されているのは奇跡に近いと認識すべき」というような主旨を呟いていたのをぼくは見逃していない。今期アニメ『レガリア』は第4話放送終了後に「なんか思っていたのと違うので作り直しもこみで一ヶ月お休みします。」といきなり表明したのである。9月からふたたび放送が始まり、注目の第5話まではまだ先なのだが、レガリアに関して言えば、確かに脚本や物語の展開についてはポカーンなところが多いけれど、作画は別にそこまでひどくはない(と、ぼくは思う)。実際、作画がひどいからお休みしますというものではなかったし(演出や音響のクオリティらしい)、個人的にはOP曲好きだし、ロボと幼女と百合が鼎坐して「わたしたちおもしろくなりそうですよね」と話し合っているかと思うと熱くなるのだけど。

 問題は『クオリディア・コード』『orange』の作画なのではないだろうか。某アニメーターの方はこっちを観て先のように呟いたわけではないという。『クオリディア・コード』も『orange』も週を重ねるごとに絶望的な作画になっていき、「え、首どうなってるの、やばいやばい」とか「お前誰だよ……」といったレベルなのだ。そんなところが気になってしまったら、それはつまり制作の日常が垣間見え過ぎていて(矛盾語法みたい※映画『ものすごくうるさくて ありえないほど近い』より)作品に集中できない。「間に合わないからいいよ! さっさと納めて!」という声なき声が聞こえてくる瞬間が最近の『クオリディア・コード』にはあって、朱雀壱弥が千種霞を殴るシーンで、それは秒数にしたら1秒あるかないかなのだけど、ぼくは「え?」と思わずにはいられなかった。対面するふたり、朱雀壱弥のキレイな右フックは的確に千種霞の右頬にあたり、千種霞は左に飛んでいく。では、ここで一曲。

穴の多い設定救いが無さ過ぎて
籠る熱の落とし処を捜している
捌ききれない疵も痛みも 目を瞑りゃいい
躯中に刻んだまま 侵されぬ剣を抱ける
終わらない残響を明日へと繋げる
汚れても輝ける それがそう未来だ
留まることが罪を生む
世界で瞬間仕掛ける雷鳴と進め

T.M.Revolution 『RAIMEI』(『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』主題歌)

 今期アニメもそろそろ終わりを迎える。奇跡に感謝しよう。