『傷物語 <II 熱血篇>』は、いたみなしでは観られない。そんなアニメ映画だ。風景は抜群にキモチ良いのだけど、如何せん吸血鬼にまつわるこの物語はバッドエンド。みんなが不幸になることで終わりを迎える。原作にして主人公にして変態の阿良々木暦くんは、語る。だから、熱血篇はこれで良かったのだと思う。思いたい。思え。


 と、まあ、拙い枕を添えてしまうのはいつものことで、それはそれでご寛恕を請う次第なのですが、どうやらお許し頂けたようなので徒然と文を認めていきましょう、流石に前作を観ずに熱血篇を単体映画として観に来た愚かな人はいないだろうけど(120%ついていけない)、そういう意味ではファンに向けられたといっても過言ではないかもしれないが(やっぱり単体映画として選ばれないというのは、素直に映画を楽しめないのであって、それはそれで寂しい気もする)、原作を読んでいないと前作<Ⅰ 鉄血篇>だけしか観ていない人は劇場で置いてけぼりを喰らうだろうし、きちんと原作を読んでいるとハイライト映像過ぎて何ともいえない消化不良に陥るのは事実だ。 「なんで映画化したの……」と憤る気持ちは痛いほどわかるけれど、三部作ぜんぶ観ずにカタルシスはあり得ないだろうし、そもそも原作において「アニメ化できない」と何度も阿良々木くんは言っていたようにも思う。心の下の刃を向けるには些か不躾というものだろう。そして観終わったあと、きっとぼくたちは思い出す――「おいおい、なんて顔をしてるんだい、何かいいことでもあったのかい?」見透かしたようなことを言うな。


 失敗ということでももちろん無い。風景は抜群にキモチ良かった。シャフト特有の演出もこれ見よがしに飾りつけられていた。ひとくちに作品としての売りがあるということである。阿良々木くんと羽川のやり取りは観ていて「俺だって機会があれば女の子とこんな風に……」とますます痛さをこじらせる要素がある。ややもすれば鑑賞後に筋トレを開始する痛い人だっているかもしれない。痛烈な批判も留まるところを知らない。もはや成功している。傷をつけ、傷を残すことに。決して癒えない――ぼくたちの、大事な傷の物語。


キスショット